1940年代、それは第二次大戦とともに始まり、戦後の世界の基礎が築かれた時代。


VRのおぼろげながら始まりの光は、
そんな時代のパイロットの飛行訓練にフライトシミュレータだった。
初期のものは映画の撮影でよく使われる方式で行われた。つまり、立体模型の中をカメラが動き、その映像をシミュレータの映像として利用するのである。そしてその流れから、スクリーンへ投影し、球形の全天周型になりHMDも試みられた。CG技術が進むにつれ、E&S社やGE社が実際の地形データをもとにシミュレーションを試みたが、まだ計算量が多くリアルな画像を作り出すのは困難だった。


軍事技術が民間に流れ一般化した技術としては、
「インターネット」の原点とも言われる”アーパネット(ARPANET)”がある。これは1969年に米国国防総省が、核攻撃を受けても途絶えない通信経路を確保することが目的であった。
そして、このインターネットの技術は日本のネットバブルといわれる2000年までは、およそ30年かかっている。


VR技術の芽が出始めたこの頃から、すでに60年が経過している。
インターネットは情報経路であり、メインはテキストであったため、インフラがまだ整備されていない中でも草の根でコンテンツが増えていき、徐々に盛り上がっていった。


VRはリアルタイムに3D画像を伝送し、リアリティを伝える技術である。そこにはテキストという1次元情報ではなく、3D映像という3次元情報である。VRが普及するまでには何年かかるのだろうか?


しかし、近年のPCの処理速度の向上は目を見張るものがある。
すでにインターネットが普及するまでの期間、30年の2倍の期間が過ぎている。そして、インタラクティブゲーム、オンラインゲームに始まるサイバースペースゲームは徐々に人気を集め始めている。VRの技術はそう遠くない未来に一般化するだろう。


この時代に、軍事技術が発展する一方で、少し前の1930年代から1940年代にかけて、現代のCG技術を飛躍的に向上させた業界がが黄金期を迎える。そう、「ハリウッド黄金期時代の真っ只中」であった。そして、スクリーンをいくつか並べ、視野角を覆うような「シネラマ」システムを体験し、それに新しい可能性を感じた男がいた。彼の映画を母体とするエンターテイメントの血はその後、VRの新しい未来を開くことになる。